お知らせ

会津医療生協 加藤綾乃

爆心地公園から始まった碑めぐりは、朝から汗が滴り落ちるほどの暑さで、飲み物が手放せませんでした。爆心地公園は広くて、手入れのしっかりされた公園。語り部の森口さんから、「ここは自分の友達や同級生、その家族が今でも地面に埋まっている。特別な場所。」と紹介された瞬間から、自分がとても神聖な場所に立っていることを改めて認識し、背筋を正しました。無知であれば通り過ぎてしまう重要な現実をひとつひとつ知ることの大切さ、伝えることの大切さを学んだように思います。森口さんの話を聞けば聞くほど、その暑さの中での悲惨な光景が目に浮かび、せつない気持ちになり、平和の大切さ考えさせられました。
皆さんから託された千羽鶴もしっかりと奉納してきました。
長崎市内を少しだけ散策しましたが、とても美しい街です。きれいな川が流れ、めがね橋の他にも趣のある橋がいくつもかかっていました。駅からは長崎湾が見え、路面電車が次々と走ってきます。西洋と東洋の文化が入り混じり不思議な感覚でした。原爆投下から現在までにここまで復興した街に対して敬意を覚えました。
碑めぐりで訪れた如己堂は「長崎の鐘」で有名な永井隆氏が療養していた二畳ほどの建物。「如己堂」という名前は新約聖書にある「己の如く人を愛せよ」という言葉から付けられたそうです。キリスト教が人々の心の支えとなり、戦前、戦中、戦後、長い歴史の中で生活に寄り添ってきたことが感じられる興味深い、貴重な展示でした。
核兵器禁止条約が成立してから2年。現時点で署名70か国、批准25か国となりました。参加者の声からは「やっとここまできた。」と感じている人が多いようでしたが、オーストリア行使からは、「核兵器はここでは現実であり、ひとりひとりの個人の問題でもある。たった2年でここまでこられたのはすごいこと。希望を持ちましょう」と呼びかけられ、核兵器廃絶活動の道のりはとてもとても長いものだと思い知らされました。
田上長崎市長からは「友人として」と来場者に呼びかけがあり、「次の日の平和宣言では長崎市民から委員を募り、市民の声を反映させた平和宣言を行う」と話されました。市民の声に耳を傾け、市民の声に推される形で平和宣言を行うという点で本当の市長であると、感動してしまいました。さらに、「核兵器をめぐる厳しい世界情勢の中で原点に立ち返り、考えなければならないのは、市民社会の力。世界中の未来の問題のために被爆者国際署名をさらに進めていきましょう。」とも訴えかけられ、一筆一筆の重みを改めて考えさせられました。
元名護市長の稲嶺氏は、沖縄の基地問題に触れ、基地問題はもはや沖縄だけの問題ではないと話されました。運動は、個々の問題に分裂させず、共闘していくことが重要であると学びました。
核不拡散条約(NTP)から来年で発行50年、無期限延長25年の節目の年。NTPは不平等条約とも言われていますが、条約を多くの国が支持しています。それは、第6条 核軍備撤廃を交渉する義務を定めているため。平和・軍縮共通安全保障キャンペーン代表のガーソン氏からは2020年国際共同行動を成功させましょう!とお話しがあり、来年のNY行動に向けての参加者の熱気が感じられました。
私も一人でも多くの署名を集められるよう頑張って活動していきたいと思います。